普賢寺 神を護る普賢菩薩像【三重】
- 2012/03/11
- 20:00
三重 普賢寺
高さはないが伊勢の神宮へと連なる山々に囲まれた土地が多気町には広がる。 その村の一つに「佐奈」という地名がありここは、「古事記神代巻」の天孫降臨の条に 「手力男神(たぢじからお)は佐那の県に座(いま)せり」と記載された神の土地である。 古事記に手力男神や、品遅部君(はんじべきのきみ)といった有力な豪族が坐せりと 記されており、この地が早くから開け高度の文明を持っていたことを明らかにしている。 また、この近辺に丹生地区がありその名が示すとおり17世紀まで水銀の産出地として 経済的にも豊かであったという。 ![]() |
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普賢寺 参道 | |||
今回訪れた普賢寺は神坂(こうざか)という地域で佐奈の隣にある。 熊野街道から北に入った神坂は、山上の神と里宮とを結ぶ聖なる道であるから、 神坂と名付けられたのだろう。 伊勢神宮に近い地域で、このような神にまつわる地名を聞くと、そこにはしっかりも守り伝えられてきた歴史と共に由来は古事記や日本書紀にまでさかのぼる。 普賢寺は、ここからさらに北に登った金剛座寺の塔頭の一つであったと 伝えられているが、その時から普賢寺という名前であったかは定かではない。 ![]() |
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普賢寺収蔵庫 | |||
普賢菩薩は釈迦如来の慈悲と理知をあらわして、知恵の文殊菩薩とともに釈迦如来像の 脇侍として祀られるのが一般的であるが、ここでは普賢菩薩のみが本尊として安置されている。 普賢菩薩はもとは本堂に奉られていたのだが、現在は収蔵庫に移っている。 現在の本堂には室町時代の十一面観音が安置されており、庫裏をかねた民家の奥が 本堂となる。 収蔵庫の扉を開けてもらうと白象の背に胡座した普賢菩薩があらわれた。 平安時代前期の像高92㎝のクスノキの一木造りで、密教的で神秘的なお顔をしている。 ![]() |
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普賢寺 普賢菩薩坐像 | |||
台座から下と両手先と左足は後補となっており、両手先と左足の修復は西村公朝氏が 美術院所長としての初めての仕事であったと言われている。 垂髪(髪を両側で束ねて肩に垂らしたもの)が珍しく二回耳を横切るように回した髪を 肩に垂らし、宝冠や腕釧などは一木から彫り出されているために檀像のような巧みな美しさがある。 ![]() |
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普賢寺 普賢菩薩坐像 | |||
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普賢寺 普賢菩薩坐像 | |||
目元の力強さや渡来系の独特とした表情は京都東寺の梵天像にも似ているが、 同じような渡来系の仏師によって生み出されたものなのだろうか、日本人のような 丸みのある顔とは違い異国の様相をしている。 神坂の南の前村という地域に普賢寺谷があるので、ここにあった天台の 古寺の本尊が現在の普賢寺本尊普賢菩薩なのかも知れない。平安前期に起こった山岳仏教の起こりで普賢寺谷の森を神格化した姿を普賢菩薩として表現したのだろうか。 東の神宮を見つめるその姿は、外来の守り神のようで堂々と力強い姿をしていた。 普賢寺HP:http://www.ma.mctv.ne.jp/~jr2uat/hugen/fugen.htm 所在地:三重県多気郡多気町神坂223 JR「名古屋」駅からJR関西本線亀山行き「亀山」駅にてJR紀勢本線鳥羽行きに乗換、 「多気」駅にてJR参宮線新宮行きに乗換、「佐奈」駅よりタクシーで約5分 拝観時間:要予約 拝観料:志納 その他詳細情報は仏像ワンダーランドHPへ>>
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参拝日:2012/02/18 |
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